Tokyo diary

本と映画の記録です

【本】アメリカの大学の裏側―「世界最高水準」は危機にあるのか?―

2019年2冊目。

父・竹内洋氏、娘・アキロバーツ氏親子での共著です。

 

「世界のトップ」をひた走るアメリカの大学で「異変」が起きている!「日本の大学の『お手本』となってきたアメリカの大学を取り巻く問題や対処法は、アメリカ独自のものだけでなく、日本の大学もすでに直面していたり、近い将来考えなければならない共通の課題が少なくない(本書より)

アメリカの現役大学教授がその実態を徹底リポート!

そこから考察した日本の大学論も収録。

すべての大学関係者、受験・留学希望者、保護者必読! (表紙より)

 

と、いう前置きから始まる大学論。娘でありアメリカの大学教授であるアキ・ロバーツ氏が全6章のうちの5章を担当し、アメリカの大学事情をリポート。これを受けて父・竹内洋氏が最後の1章で日本の大学論を語ります。

 

本書はアキ・ロバーツ氏のエッセイ調の文章となっており、時折、彼女の置かれた境遇に立脚するポジショントークと読める箇所もありますが、アメリカの大学ランキングの状況、教授職の置かれている環境、進学事情などが、平易な文体で収録されており、比較的手に取りやすい良書かと思います。

 

ざっと要約すると、

  • アメリカの約3,000の大学で授業を担当する教授のうち、雇用環境が安定せず、賃金もギリギリ生活が成り立つ程度の非常勤教授の比率が近年高まっており、60%を超える状況にある
  • この背景には、「A:行政の教育政策への財政投資の縮小」、「B:各大学の一部の役職者(学長)・スポーツコーチ等への高額な報酬」、「C:学生の志向の変化に過度に対応した不要なほどの職員数の増大」、「D:一部の特権教授(終身雇用が保障されているテニュア職教授と言い、著者もこのテニュア職に当たる)の保身的な大学運営」等が挙げられる(※著者はABCについては批判的論調だが、Dについては中立のように見受けられた)
  • アメリカの大学の授業料は世界一高いと言われ、4年制大学の平均で年約320万、アイビーリーグと言われる伝統ある名門校になると年約500万に及ぶ(日本は国公立で年54万、私立でも年86万)
  • しかし、アメリカでは大学就学費用は政府が補助してくれるものであって、個々の家庭の責任ではないとの社会通念があり、実際8割を超える学生がファイナンシャルエイドと呼ばれる奨学金を受けながら大学に通学している(ただし無償のものだけではなく、有償のものも存在し、卒業者の3分の2はローンを抱えている)
  • アメリカの大学入試は、学力のみならず、「ホリスティック入試(Holistic)」という学生の個性や人物の全体像を見る考え方を重要視している
  • 背景として、アメリカの大学は建前上は「偉大な平等推進装置」であり、社会的弱者に対して積極的に大学進学機会を与えるべきとの考えが社会に浸透していることが挙げられる。実際に、マイノリティの人種の入学を優先するアファーマティブ・アクションも多くの大学で採用されているが、一方で、これが本当に社会的弱者の救済に繋がっているのか?との批判もある(裕福なマイノリティ(黒人等)のみが恩恵を受けている)。また、上述の「ホリスティック入試(Holistic)」は、裕福な社会階層に有利に働くとの批判も存在する
  • 日本では明治以来、学力のみで大学進学が決まってきたこともあり、これの反動で、知識詰め込み教育の批判者は、人物重視の入試(AO入試等)に賛同する傾向があるが、アメリカで見られるように、「人物重視の入試ほど、格差の再生産につながりかねない」という視点は軽視されがちである

 

なかなか示唆に富むお話が収録されていました。

 

個人的には、2020年代に控える日本の教育改革では、「知識・技能」だけではなく、「主体性・多様性・協働性」などの人物重視の視点「も」取り入れた入試へと、大学入試が舵を切られていくことが決まっていますが、これは、「アメリカで見られるように、格差の再生産につながる可能性を持った改革である」との認識は、社会で共有するべきだと感じました。

 

もっとも、その上でも、いままでの100%平等主義的な教育を脱却し、一定の格差の再生産は許容(※)したうえで、これからの日本を担うトップ・オブ・トップを育てるための入試を一部においては取り入れていく改革なのである、との立場に立ってこの教育改革を推進するべきという立場はあり得ますし、僕自身は基本的にはこの立場です。

※0か1かではなく、あくまで一定程度ということを言っています

 

これらについて、文部科学省はどのように考えているのか、気になります。