Tokyo diary

本と映画の記録です

【本】これからの日本、これからの教育

2019年4冊目。

 

著者は元文部科学省官僚の前川喜平氏と寺脇研氏。

前川氏に関しては、加計学園の問題を巡って連日、方々からの報道があったことが記憶に新しいです。本書でもこれに関する見解が語られますが、本記事では深入りは避けたいと思います。

寺脇氏は、在官時代にいわゆる「ゆとり教育」を推進。その後の国際学力調査・PISAなどでの日本の学力順位の低下と関連付けられ、何かと批判を受けたという印象がある方ではないかと思います。

 

最初に申し上げておくべきかと思うのは、本書は比較的ハイコンテクストな書物です。文科省(旧文部省)の歴史、お二人の在任時代に携わったさまざまな教育改革、件の加計学園問題など多岐にわたる話題の進行はすべてお二人の対談形式で進行するため、各トピックに関する順を追った説明はありません。ある程度の前提知識が求められる類の本だと言えますね。

 

次に、お二人に共有されている教育に対する哲学について。

一言でいえばそれは「学習者中心主義」です。

弱肉強食の市場競争に子どもたちをさらさず、一人ひとりの学ぶ権利を保障すること。それが教育行政本来の使命ではないか。寺脇さんも、私も、そう考えている(冒頭の前川氏の語りより)

本書では、このような市場原理主義的視点に対して、あるべき教育の在り方が語られるとともに、

文部省の中でも、当初、「生涯学習?ケッ」みたいな反応が多かった。高等教育局とか初等中等教育局が典型ですが、学校教育至上主義が支配的で、生涯学習が打ち出した学習至上主義を理解できる人は、今でもそれほどいないんじゃないかな(寺脇・P44)

と、あるように、学校教育中心主義に対置して「生涯学習」の観点に立った教育観が語られています。

一方、好き勝手に学びたいことを学んでいるのが良いとしているのではなく、小渕元総理が大切にして施政方針演説にも入れた「個と公」というキーワードや、鳩山元総理が提唱した「新しい公」という概念を引きながら、個人の尊厳や意思なる学習の積み重ねの先に、社会にとっての善なる思想・行動をとることのできる人物が育成していきたいというのが、お二人の理想とする教育観なのではないかと感じました。

 

あえて、批判的な観点からこの教育観についてのコメントをしますが、特に近年の鳩山政権下での「新しい公」という概念については、理想の聞こえはよいけれども、当時の未熟な政権運営普天間飛行場問題が記憶に新しい)への記憶が相まって、現実的な諸問題に対応できないまま掲げる理想として、国民の支持・理解の広がりは限定的なものにとどまったという印象があります。

 

そしてそうこうしているうちに、日本を取り巻く環境は大きく変化してきました。

習近平政権下の中国の強大化、北朝鮮の核による挑発、アメリカ・トランプ政権の誕生など、国際環境の脅威と不確実性が高まるとともに、国内に目を向けても、2025年には団塊の世代後期高齢者の仲間入りをするなど、待ったなしの少子高齢化問題への対応などが喫緊の課題として立ちはだかり、目の前の現実的な諸問題に対応できる人材育成へのニーズが産業界を中心に叫ばれ始めるなか、ついに経済産業省が主導する教育プロジェクト「未来の教室」が立ち上がるまでに至っています。

www.learning-innovation.go.jp

 

「未来の教室」では、目指す姿のラフスケッチとして以下の10点が掲げられました。

①幼児期から「50センチ革命×越境×試行錯誤」を始める
②誰もが、どんな環境でも、「ワクワク」(遊び、不思議、社会課題、一流、先端)に出会える
③学習者が「自分に最適な、世界水準のプログラム」と「自分に合う先生」を幅広く選べる
④探究プロジェクト(STEAM(S))で文理融合の知を使い、社会課題や身近な課題の解決を試行錯誤する
⑤常識・ルール・通説・教科書の記述等への「挑戦」を、(失敗も含めて)「学び」と呼ぶようになる
⑥教科学習は個別最適化され、「もっと短時間で効果的な学び方」が可能になる
⑦「学力」「教科」「学年」「時間数」「単位」「卒業」等の概念は希釈化され、学びの自由度が増す
⑧「先生」の役割は多様化する(教える先生、教えずに「思考の補助線」を引く先生、寄り添う先生)
⑨EdTechが「教室を科学」し、教室は「学びの生産性」をカイゼンするClass Labになる
⑩社会とシームレスな「小さな学校」に(民間教育・先端研究・企業/NPOと協働、企業CSR/CSVが集中)

 

僕自身は、この「未来の教室」の示す構想に非常にシンパシーを覚えるのですが、本書ではこうした動きへの直接的な言及はありませんでした。文科省出身の前川氏・寺脇氏からみたときには、こうした経産省の動きは、どのように映るのだろうと思います。

 

何が言いたいかというと、前川氏や寺脇氏の掲げる教育観、特に「学習者中心主義」という点については、かなりの共感を持つことができるのですが、一人ひとりを大切に教育しましょうというきれいな標語を掲げて終わらせずに、具体的にその世界をどのように実現していくのか?「新しい公」・「個と公」の世界観にどのように近づけていくのか?についての、迫力ある議論をもう一段見てみたかったなという思いはあります。

すでに退官された個人のお二人にそれを求めるのは酷かもしれないですが、経産省から教育改革への提言が上がってくる状況のなかで、長年・教育行政の中心に位置してきた文部科学省からも、「未来の教室」ばりの教育提言が出てきて、いい意味で教育の理想や具体的な実現の道筋について、文科省経産省が意見を戦わせあうような形で日本の教育がアップデートされていくといいなと思いました。